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ワニが死んだ

身延線はキイキイと車体を軋ませながら、山の中を登ってゆく。
苗を植えたばかりの田んぼに、雨が小さな輪を描いている。
あの日もこんな細い雨が降っていただろうか。

「ワニが死んだ」
親友からのメールに「冗談だったらタダじゃおかない」と思った。
折り返しの電話に出た声のトーンに、事態の重たさを知った。
「今すぐ行くから」、簡単な荷物だけバッグにつめて、玄関で靴を履く。
あれ?気が動転して靴のひもが結ぶことができない。

「ワニ」というあだ名は誰がつけたのだろう。パンクっぽくツンと
立てた髪が、ワニの背中に似ていたからかもしれない。
言われてみれば顔も爬虫類系だ。
細身の体型は高校の応援団長にしては頼りなかったが、
ワニと出会わなければ、佐野元春の音楽も知らなかったし、
今も付き合いのあるほかの親友とも出会えてなかった。

ワニが亡くなる2年ぐらい前、小学校の同窓会の前日。
ワンボックスカーで、当時の通学路を走った。
「ここが学級委員長の遠藤の家で、あっちが川口の家」
「おまえ、よく覚えてるな」
通いなれたはずの道も、記憶のかなた、今や迷路のようだが、
ワニは1軒1軒、よく憶えていてエピソード付きで説明してくれる。
元気にふるまっているが、腕や首のあたりは痛々しく細い。
話し足りないのか、浜辺に車を止めてワニの懐かしい話は続いた。

ワニの告別式、友人を代表して弔辞をした。

「海を見ながらたくさん、話をしたよな。
海を見れば、懐かしい音楽を聞けば、
きっとお前のことを想いだすだろう。
でも、僕ら残されたものは、時にお前のことを忘れるくらいに、
充実した幸せに満ちた人生を送らなければならない。
時には、苦しく、辛く、逃げ出したくなることもあるだろう。
そんな時は、家族や兄弟や友人と、
助けあい、励ましあい、慰めあい、いたわりあい、
生きてゆこうと思う。
応援団長、僕らにエールを送り続けてください。
出会えて嬉しかった。どうもありがとう」

一年に一度、ワニの命日近くの今夜、親友たちが静岡へ集い、
昔話を肴に酒を酌み交わす。
苗を植えたばかりの田んぼに、雨が小さな輪を描いている。
身延線はキイキイと車体を軋ませながら、山の中を登ってゆく。
by rocknrollnight | 2008-06-05 12:20
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