青い空 白い球

*
ドームは「うわぁ」と大きな歓声に包まれた。
巨人の坂本選手が放った打球は、美しい放物線を描き、僕の座る左中間
スタンドへ向かってきた。
親友とのメールのやり取りの中で「過去に戻りたいか」という件が
あった。僕は「戻りたくない派」だが、小学校4年生のあの夏の
グラウンドになら戻ってみてもいいかなと思った。
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およそ住宅街に建つにはふさわしくない蔦の絡まった古びた洋館。
錆び付いた門、ひび割れたコンクリートの高い塀には、いたる所に
カタツムリやゲジゲジ、その他名前もわからないキモチ悪い虫が
うごめいている。
人が出入りしている気配は無く、幽霊が棲むとか、病弱な美少女が療養
しているとも言われていた。さすがのガキ大将グループも侵入を計画こそ
すれ、いざ実行には怖じ気づいた。
実際、勇気を振り絞って侵入してみたところで、西洋の鎧はギギギと鈍い
音を立て、二階から聞こえてくる少女のすすり泣く声に、逃げ出したに
違いないが。
*
小学三年の夏、この町に転校してきたばかりで友人も無い僕は、ひとり、
この古びた洋館の高い塀にストライクゾーンをチョークで書き、軟球の
ボールを日が落ちて辺りが暗くなるまで投げていた。
ある時は、仮想後楽園球場で巨人のエースに成りきり、中日打線をノー
ヒットノーランに押さえ込み、ある時は、仮想甲子園球場で大会直前に
怪我をしたチームメイトのために歯を食いしばる優勝投手も演じた。
(僕の妄想癖は、この頃からなんだな)
母子家庭だったから、母は普通に仕事を持ち(当時の母子家庭への社会的
受け入れや世間の風辺りは現代より大変厳しかっただろう)、帰宅後、
夕食の支度をしたから「ご飯ができたわよ」と呼ばれる頃には、かなり
暗くなっていたと憶えている。
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新しい学校は、海のすぐそばにあり、授業中にも海風がざわざわと松林を
揺らす音が聞こえるほどだった。
勉強は前の学校の方が幾分進んでいたおかげで良くできた。
運動は体が大きかったこともあり、駆けっこも跳び箱も、ドッヂボールも
得意だった。だんだんと僕はクラスに溶け込み、帰り道が同じ方向の級友
とは一緒に帰って遊んだ。缶蹴り、フットベース・・・。
学校の有る日は誰かと遊んでいれば、すぐ夕方になったが、半ドンの日や
母が仕事に出かけた休日は、やっぱり、塀に向かってボールを投げた。
*
そんなある日の夕方のことだ。いつもの様にボールを投げていると、
リーゼントのコワイお兄さん(25歳前後)が、僕に声をかけてきた。
「コントロールいいじゃん」
上下真っ赤のジャージ姿だったと記憶するのは、その後の彼の情熱的な
性格から後付けで、連想しているかもしれない。
「ちょっと、俺の方に投げてみろよ」
「素手で、素手で受けるの?」
「いいから投げてみろよ」
胸の辺りに広げた手のひらに、僕は山なりのボールを投げた。
「もっと速い球だ」
「でも」躊躇する僕に
「思いっきり来い」とコワイお兄さんは手を広げた。
この人は何なんだ?わけがわからなかったが、僕は、へその下あたりに力を
こめて、右腕をムチのようにしならせた。最後は中指の先でボールを押し込
んで投げた。そうすると球の威力が増す。
パチッ!軟球が手のひらに当たる乾いた音が夕暮れの路地に響いた。
「一緒にチームでやらないか?」
僕はそうして町内のソフトボールチームに入団した。
僕をスカウトしたコワイお兄さんは、チームの監督で、大人も子供も彼の
ことを「ミッキー」と親しげに呼んだ。ミッキーは肩を壊さなければ、
かなりの所まで行ったらしい。かなりの所ってどこなのかはわからなかった。
*
4年生になり、ミッキーは僕をセンターに起用した。5、6年生の補欠選手も
いた中で、4年の僕の起用は大抜擢と言えるだろう。
毎晩、グローブに丁寧にワックスを塗って手入れをしてから眠った。
夏の地区ソフトボール大会。僕らのチームは順調に勝ち上がり準決勝を迎えた。
最終回、2点リードのまま迎えた相手チームの裏の攻撃。
僕らの投手は打たれながらも、アウトを重ねて、ツーアウト満塁。
このバッターを押さえれば勝ちだ。たとえシングルヒットでも1点止まりだ。
ボコッ!
打球は僕の守るセンターへ高々と上がった。平凡なフライだ。
定位置より少し前の落下地点に進み「オーライ!」と大きく手を広げた。
ボールは、濃く青い空に白い点となって浮かんで、ぐんぐんと大きくなって
落下してきた。
そして僕のグローブの中央に吸い込まれた。
僕は完璧にキャッチした。
つもりだった。「あっ」と思った次の瞬間、ボールは目の前をかすめて地面で
跳ねた。
グローブの土手や網では無い。スポットで取った感触が確かにあったのに。
ツーアウトだったから、ランナーは一斉にスタートを切り、ぐるぐるとベース
を駆けていて、僕はボールが手につかず、セカンドかショートの選手が
「何やってんだよ!」とバックホームをして・・・
そこから先のことは憶えていない。
ののしられたのか、泣きじゃくっていたのか、肩を抱かれていたのか、
母はいたのか、その夜の献立は僕の好きなカレーライスを作ってくれたのか、
何ひとつ思い出せない。
*
次の週の練習はサボった。その次の週も、そのまた次の週も。
グローブは固くなり、バットは埃をかぶった。
2ヶ月ほど経った頃、ミッキーが家にやってきた。
僕は「会いたくない」と母に言ったが、ミッキーは「会うまで帰らない」と
玄関前に長いこと立っていたので、仕方なく会った。
ミッキーは、僕が口を閉ざしているから、みんなが待っているぞとか、自分の
肩を壊して野球ができない話をしたあとに
「いつでもいいからな、また一緒にやろうぜ」と帰っていった。
*
5年生の1年間は、ボールを握れなかったけれど、6年生になったある日。
よく一緒に帰る友達が「久しぶりに来いよ」と嫌がる僕を誘拐犯のように
強引にグラウンドにひきずっていった。
しばらくは照れくさかった。どんな顔をしていいかわからなかった。
グローブは誰かが貸してくれたのだろう。内野に入りミッキーのノックを
受けているうちに、またやれそうな気がした。
家に帰りその事を母に話すと、新しいグローブを買ってくれると言うので、
僕はボールが飛び出さないように大きめのグローブとワックスを買ってもらった。
ミッキーは僕をファーストにコンバートした。
*
すっかり生ぬるくなったビールを一息に飲み込み、一番健気そうな売り子さんを
呼んで、新しいビールをもらった。
今でも帰郷すると、当時の道を車で走ることがある。
グラウンドは人工芝が引きつめられサッカー場になった。
洋館は分譲されて住宅が建った。
幽霊はどこへ消えたのだろうか。
病弱な美少女は元気にやっているだろうか。
僕をグラウンドに連れ戻した友達は僕のことを忘れていないだろうか。
ミッキーは未だにミッキーと呼ばれているだろうか。
そんな想いをぎゅっと丸めて、見えない塀に向かって、
「さぁ、ピッチャー大きくふりかぶって・・・」。
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by rocknrollnight | 2010-08-27 12:13
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